親クルド派と親トルコ派の衝突┃モンペリエのできごと
きのう(4/10)モンペリエの中心地で親クルド派と親トルコ派のグループが衝突する事件がありました。
un rassemblement de militants kurdes a dégénéré ce dimanche midi sur la place de la Comédie à Montpellier. Trois personnes ont été interpellées. Les lignes 1 et 2 de tramway ont été interrompues entre le Corum et la place de l'Europe. Le calme est revenu dans le centre-ville de Montpellier en milieu d'après-midi.
クルド人デモ参加者が日曜日、モンペリエのコメーディー広場で暴徒化しました。3名は身柄を拘束され、市内を走るトラム1・2番線は運行停止。夕方には事態は沈静しました。
(前提)トルコと"種数民族クルド人"の対立
クルド人という存在は、日本ではよく「少数民族」という言葉を使って報道されています。(今はどうなったのかわかりませんが、少なくとも僕が日本にいた2年前は少数民族という言葉が使われていました)
今回は、そんな"「少数民族クルド人」とトルコ"が対立の構図です。
いろんな国にまたがって存在しているので、トルコの中に一部、イラクの中に一部、レバノンの中に一部…というふうに散らばって生活しています。
そして、そのすべてを合わせるとかなりの人口になるんです。
ざっと、韓国の人口を超えるほどです。
しかし、それをトルコという一つの国の枠組みで考えると、クルド人は少数派になってしまい、今では反政府組織に見なされてしまっているのです。
今回のデモは予定されていたものだった
今回のデモは、トルコの運動として事前に告知されていました。
デモ自体も、最初は穏やかだったようですが、実態は新クルド派グループの組織したデモ。
人が集まるにつれて暴徒化、ついに機動隊が出動し、催涙ガスを使用するまでの騒動になりました。
モンペリエ在住者にとっては、かなりショッキングな出来事です。
何がふつうののデモと違ったか
今までこの手のデモがなかったというわけではありません。
むしろクルド人関係のデモは比較的多く企画されている、といった印象があります。
今回のデモ、最初は親クルド派グループと警備隊との衝突でした。
親クルド派は、トルコでテロ行為などをしたとして敵視されているPKK(クルド人民会議)を標榜する旗なども持っていました。
スローガンにも、
"Nous sommes tous PKK"(我々はPKKだ。)
といったものが使われていました。
そこに、こんどは親クルド派に対立する親トルコ派のグループが参加し、広場では2つのグループの対立+機動隊という構造になったのです。
ここまで親トルコ派が応戦する形でデモに参加してきたのは、僕がモンペリエに住み始めた2年間では初めてのことでした。
近隣の町から親トルコ派の人々が集まる
A 15 h, environ 800 militants turcs ont débarqué sur la place, en provenance de Perpignan, Toulouse, Marseille, Béziers. Ils se sont retrouvés face à une petite centaine de pro-kurdes.
15時、約800人の親トルコ派の人々がペルピニャン、トゥールーズ、マルセイユ、ベジエから集まる(全て南フランスの町です)。彼らに対して親クルド派の人々は少なく、数百人。
こんなに一度にいろいろな町からでも似たする人が集まったという事から、彼らの鬱積した国内事情が読み取れます。
その後、親トルコ派のグループは解散。
親クルド派は最後までデモを続けていました。
民族自立から難民受け入れ問題まで
フランスにいると様々な問題が目の前を通り過ぎます。
僕は語学学校にいたころ、まさにクルド人としてフランスに難民ビザで居住しているクラスメイトがいました。
家宅捜査で家を荒らされた話、ピクニックをしていただけなのに兄弟が強制連行された話などを聞いてとても衝撃を受けたのを覚えています。
クラスメイトにシリアからの難民としてフランスに来た女性がいた時もありました。
彼女、僕がモンペリエに来た2年前に知り合ったんです。
その頃はとても快活な女性だったんですが、先日、2年ぶりにたまたま道で再会した時には、かなり疲れてやせ細った顔をしていました。
僕の身の回りには比較的トルコ人の知人が多いので、今回の事件のその後が気になるところです。