雪とソコロフ┃「幻のピアニスト」とバルセロナ訪問記
前回の記事で「南仏に春が来たー」的なことを書きましたが、実はその前に南仏は未曽有の大雪に見舞われるというハプニングがあったのです…
世界遺産の中で演奏が聴ける、バルセロナ市内にあるカタルーニャ音楽堂
2月の終わりなのにモンペリエで大雪!
南仏と聞くと、多くの日本人は「南仏…プロヴァンス…地中海沿いの暖かい場所…」とイメージすることでしょう。日本人に限らず、世界中の多くの人(特にドイツ人やイギリス人)は同じようなイメージを持っているはずです。
もちろんこのイメージは嘘ではありません。確かに南仏は年間を通じて穏やかな気候だし、晴れの日も多くて過ごしやすい土地です。
だからと言って、「全く寒くない」という事もないのです。南仏だって冬になれば寒くなります。
以前何かの記事で読んだのですが、北欧の人は南欧の人よりも寝る時に軽装(もしくは裸)なんだそう。理由は、北欧は寒いのが基本なので、家の防寒対策がしっかりとされているため、屋内は暖かくパジャマをしっかり着こむ必要がないのだとか。反対に南欧の地域は暖かいのは普通であるため、建物が寒さに対応できる仕組みになっておらず、特に冬は寒さ対策が必要になるのだそう。
事実、南仏の家のすきま風は凄いです。地震が少ないため、築100年以上のアパルトマンとかざらにあります。当然、古い建物であるが故の立て付けの悪さからすきま風が入ってくるというのはあります。でもそれ以上に、「ちょっとくらいのすきま風なら耐えられる」という、南仏人のいびつな根性論によって建てられた家のすきま風というのも少なくないのです。っていうか、ほとんどの家の建付けが悪い(笑)まぁ実際に耐えられないことはない寒さなんですけどね。
でもそんなことを言っていた南仏に襲いかかった悲劇が、2018年2月末の大雪でした。
そもそも雪に不慣れな地域なので、少しの雪でも大騒ぎ。歴史的な積雪となった今回の大雪では、市内を走る公共の交通機関は数日ストップし、学校などは閉鎖。運悪く雪が降った日に学校に来ていた生徒たちは帰宅難民となり、学校で一夜を明かすことを余儀なくされた人も。さらに雪の影響は悪化し、最終的にはモンペリエ周辺の高速道路が(まだ車が渋滞中で動けないにもかかわらず)閉鎖され、妊婦が車の中に閉じ込められるという事件にまで発展。
…でも、僕はこの時にモンペリエにいなかったんです。
バルセロナに、あるピアニストの演奏を聞きに行っていたからです。
―雪とソコロフ
グリゴリー・ソコロフというピアニストを知っているでしょうか。
世界的にとても有名なピアニストなのですが、日本ではいまいち知名度が高くありません。その原因は、おそらく彼が日本に来ないからでしょう。原因は詳しくは分かってはいませんが、彼が飛行機嫌いだからとか、日本に来るのが嫌だから、などと言われています。
日本で聞くことのできない演奏家ということで、クラシック好きの人の間では彼の事を「幻のピアニスト」という名前で呼ぶことも。なんだか川魚のイトウみたいですね…幻の魚…。
ということで、ソコロフを聞きたければヨーロッパに来なくてはいけないのです。
僕はヨーロッパに住んでいるという事を利用して、ソコロフの演奏会に行くのはこれで4回目!そして、会場は毎回決まってバルセロナにあるカタルーニャ音楽堂です。パリでもリヨンでも、フランス国内で彼の演奏を聞こうと思えば聞けるのですが、僕はバルセロナのこのホールがいいのです。
なぜかというと、このホールは世界でただ一つ、現在でも音楽鑑賞の出来るユネスコ世界遺産に登録された音楽堂だと言われているからです。世界遺産級の素晴らしい環境で、幻のピアニストの演奏を聴くなんて、これ以上贅沢なことはありません!(ちなみに、世界遺産に登録されていて音楽を聴くことのできる場所は、他にもオランジュのローマ円形舞台とかあるんですけどね。細かいことは気にしない^^)
今回のプログラムはハイドンのソナタを3つと、シューベルトの即興曲(op.142のほう)、それからいつも通りたっぷりのアンコール。ソコロフと言えば、超濃厚なアンコール。度重なるカーテンコールにこたえてくれて、本編よりも長いアンコールになってしまう事もあるとか。ちなみに僕の経験する中で最長は8回のアンコールで、その長さは約50分でした。1/3の聴衆は長すぎるアンコールに飽きて帰ってました(笑)
彼の魅力は、何といってもそのタッチでしょう。百見は一聞にしかず。こちらのビデオをご覧ください。
Grigory Sokolov - Schubert, Impromptus Op. 90, No. 3
この人のキャラクターもいいですね。終始愛想なんて微塵もありませんし、曲の間で聴衆の拍手をさせる間もなく次の曲を始めてしまう強引っぷり。なのに、ピアノの音色は素晴らしい音を出すのです。特にすごかったのは2016年のシューマンのアラベスクでした。コーダの入りの一音がとても美しく、その音の立体感で、自分がまるで宇宙空間にいるかのような錯覚を覚えたほど。彼の摩訶不思議な音色は、ホールのどこにいても自分の耳元で鮮やかに鳴り響くのです。
…そんなことをしていたらモンペリエには大雪が降っていて交通網が閉鎖されてしまったので、バルセロナから帰ることができなくなってしまいました。
偶然見つけた美味しいカタルーニャ料理のレストラン
追加の宿泊を余儀なくされたので、宿をバルセロナ・サンツ駅を少し越えたあたりに取り直しました。急なことだったので、とりあえず近場のレストランを検索していたら、エル・ブジのシェフのフェラン・アドリアの弟がオープンさせたことで一時話題になっていた「Tickets」という、おハイソなバルがあったのです。だめもとで予約を試みてみたら、平日の夜でも満席とのこと。さすがに当日予約は無理だとは思ったけど、ずいぶんと電話の応対が強気だったので食い下がってみると、結構先まで予約がいっぱいなのだそう。意外とまだ流行っているのね。
気を取り直して他のレストランを探していると、「La Parra」というタベルナ(大衆食堂、小さなレストランの意)がどうやら美味しそうだと言う情報を入手。予約もすんなりとできたので、20:30に一番乗りで到着。スペインはだいたい22時あたりが入店のピークなので、日本人がレストランに入るときには、まずスペイン人の姿はありません。
このレストランが、実に美味しかったのです。たまたま延泊することになって、たまたま見つけた宿に近いレストランだったのであまり期待はしていなかったのですが、メニューはどれもカタルーニャの郷土料理やジビエを使ったもので、味も期待値を軽く越えました。特に良かったのがcalçotsという、ネギのような細長い玉ねぎを外が真っ黒になるまでじっくりと炭火で焼き、ロメスコソースという乾燥したパプリカ(特にニョラと呼ばれる黒くなるまで乾燥熟成されたものを使います)やニンニク、ナッツ類で作った濃厚なソースをつけて食べる料理。ウェイターのおじさんが素手で皮をむく独特の食べ方を教えてくれてます。全然フォトジェニックじゃないのですが、味はピカイチ!手を真っ黒にしながらみんなでワイワイ食べて、とても楽しい経験のできるレストランでもありました。
おわりに
とりとめのない旅行記になってしまいました。
僕は昔、カタルーニャという街があまり好きになれなかったのですが、最近はカタルーニャの面白さがだんだんと発掘できて、なんだか行くのが楽しくなっています。
あとちょっと、みんなカタラン語じゃなくて標準スペイン語を話してくれたらコミュニケーションがスムーズにいくのになぁ。と思う今日この頃です。
ちなみに、カタルーニャ音楽堂は呼び込みがとても上手いようで、毎年魅力的な音楽家の演奏があります。大きくない施設なので、オーケストラの演奏よりも小規模な室内楽やリサイタルに定評があります。音楽好きな方は、一度年間スケジュールを見てみることをお勧めします^^
はぁ、それにしてもあと何回ソコロフ様の演奏を聞くことができるのだろか…
Rameau Les sauvages - Grigory Sokolov