フランシウム87

南フランスに住む日本人学生が発信するブログ。

気になる単語を入力して検索してください🌛

目で初めて見た印象の通りに、表現しなくてはいけません。 -ポール・セザンヌ

彼の言葉を真摯に受け止めて忠実に実行しようとすると、南仏の生活を書き表すのはとても難しいことだということに気づかされます。というより、もはや不可能であるとも思うわけです。

南仏には車でしか行けない、地元の人しか知らないような小さくて魅力的な場所が、まるで宝石箱をひっくり返した後のようにそこここにあふれているのですが、そういう場所に訪れるたびに、言葉や文字にはできない、何とも言えない不思議な感動を覚えるのです。

f:id:bantan19:20160822013822j:plain

 

mokuji

 

 

 

1年ぶりの再会

 

僕の住んでいるモンペリエという町は、南仏のラングドック・ルーシヨン県という地域に属しています。この県は言わずと知れたワインの名産地として、フランスはもとより世界中で名の通った場所でもあるのです。ワインの名産地と言っても、王侯貴族格のブルゴーニュやボルドーといったようなワインの産地として知られているわけではありません。ここで産出されるワインは、非常に質のいいテーブルワインとして名を馳せているのです。

 

テーブルワインとは何か。それは、グラスに注がれても、眉間に皺を寄せて、あれこれ批評を下すことなく愉しむことのできる葡萄酒、つまり高価ではないが味の良い、デイリーで飲めるワインということです。もちろん、ワイナリーによっては手塩にかけた1本というものもあるわけで、いくらラングドック産のワインと言っても財布泣かせのものもあるわけですが、全体的にみると、やはり一般庶民にはありがたく頂ける良質なワインが多く生産されているのです。

 

そんなラングドックの、とあるワイン醸造家と出会ったのが、もうかれこれ1年半ほど前のこと。彼は自分と同い年か、一歳年上なだけなのに、出会った時にはすでに日本に住んで、日本で自社ワインの販売を推し進めるという目標を楽しそうに語っているすごいヤツだったのです。

昨年秋から日本に住み始めた彼が、今年の夏に南仏に帰ってきたタイミングを見計らって会いに行ったのです。彼とは1年ぶりの再会となりました。

 

 

 

モンペリエから電車に揺られて

 

西へ行くこと小一時間、ベジエという、これといって取り立てるもののない町があります。といっても、無味乾燥な町に様変わりしてしまったのは近代以降の話で、その昔は、南北にまたがるなだらかで肥沃な大地でブドウ栽培が盛んにおこなわれ、近くを流れる運河を利用してワインの流通の要所となっていた町でした。さらにこの町の起源をさかのぼれば、紀元前6世紀ごろにギリシャ人たちが建てた町として、マルセイユよりも古く、フランスで最も古い町であるということは多くの人が知らないところなのです。

 

車のアクシデントで大幅に遅れて待ち合わせ場所のベジエ国鉄駅前に登場した彼は、一年前と変わらず、相変わらず南仏流の穏やかな調子で遅れた理由を私たちに説明しました。彼ら南仏人は「急ぐ」という単語を「tranquille ゆっくりいこうよ」と混同しているんじゃないかなと思うほど、半分うらやましく、半分畏れ多い存在に見えるのです。彼の運転する車に揺られて、一同、こんどは北へと進んでゆきます。今回は、彼から「山奥でロックのコンサートがあるから来てみないか」という誘いで、自分と日本人の2人の友人でこの小さな旅行を計画したのです。与えられた情報は「コンサート」と「山奥」。

 

思い返せば一年前、同じように彼の誘いでこの町に来たときは、彼の素晴らしいの一言では到底不十分なほどのオーガナイズ力で、ワイナリー訪問、山奥の清流の中でのワインのデギュスタシオン(テイスティング)、南仏の山奥に潜んでいる魅力的なスポットの数々を案内してもらい、僕たちは心から旅行を楽しんだのでした。

 

なので、今回も与えられた情報は少ないながら、もう彼に全幅の信頼を置いて二つ返事でこの町にやってくることを決めたのです。

 

 

 

個性的なワインの大地

 

ブドウ畑の広がる、なだらかな大地を車内から眺めていると、コトー・ドゥ・ラングドック、カブリエール、フォジェールなどの、ワインの産地名が書かれた看板が次々に目の前を通り過ぎてゆきます。フランスではよくあることなのですが、ワインは産地による区別が細かくされているので、こうやってワインの産地名を看板で道端に書き示すことで、道を走る旅行者は、今自分たちはどこのワインの産地を走っているのか、ということがわかるのです。そうでもしなければ、見渡す限り続くブドウ畑の中を走っていれば、いつかはブドウの木の砂漠に迷い込んでしまう不安というのが拭えなくなってしまします。

 

それにしても、ここら辺一帯は特にワインの産地名がころころ変わる。というのは、この一帯は、太古の昔から海の水に侵食されたりプレートの動きで大地が隆起するといった大地の活動が活発な場所であったため、今では一見するとどこも同じようなブドウ畑に見えるけど、実は、大地の中はとても個性的な地質の違いがたくさんあるため、それぞれのワインの産地ごとに味は大きく変わるのだそう。

 

フランス人というのは、1の説明を乞うと10以上の説明で返してくれる、なんとも義理人情の厚い人種で、この道中も彼の話を聞いているだけで、なんだか自分も博識になったかのような錯覚を覚えたのでした。

 

 

 

川のせせらぎから星の輝きまで

 

今回の旅行のオーガナイズもとっても素晴らしく、雄大な大自然の風景の中にひっそりと時間の経過から身を隠しているような小さな村を訪れたり、まだ暴虐な観光案内書に紹介されることなく美しい景観を保った渓流を歩いたり、夕食は南仏の太陽をたくさん浴びた、ちょっぴりスペインの趣向を取り入れたレストランで済ませ、メインの目的であったはずのコンサートは、行ってみれば特筆すべきもののない、こういう場所ではよく見かける村祭りとあまり変わらないものだったり…

 

夜は、彼が自分で作った、崖に建つランドスケープが最高な山小屋に案内してもらい、そこで目が回りそうなほどたくさんの明かりで包まれた満天の星空を見ながらビールを飲み(なぜワインじゃなかったんだろう笑)、近いうちにロトで2億が当たってもおかしくないくらい、たくさんの流れ星にお願いをしたところで、その夜は山小屋に一泊。翌日に僕たちはモンペリエと帰ってきたのでした。

 

僕は、次から次へと押し寄せてくる南仏の、ため息が出るほど美しい風景を眺めながら、南仏の画家、ポール・セザンヌの言葉を考えていたのでした。

 

Il faut représenter les choses telles qu'on les voit en première impression.

目で初めて見た印象の通りに、表現しなくてはいけません。

 

この旅行中にも撮りためた写真があるのですが、僕の心の中に残っている「印象」とは、だいぶ構図も色彩も違うのです。

 

ちょっぴり鄙びた感じもする、ワインの産地、ラングドック・ルーシヨン県。その土地を知り尽くしたワイナリーが紹介する、素晴らしいスポットの数々。その美しい風景から、私たちはたくさんの、これもまた美しい印象を受けます。

 

南仏での生活というのは、こういうものなのです^^