フランシウム87

南フランスに住む日本人学生が発信するブログ。

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フランス語の"homme"の長さと、こんにちはクールベさん

僕の住んでいる南仏の街モンペリエには、ファーブル美術館という大きな美術館があります。

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モンペリエのファーブル美術館

 

名前だけ聞くと、あのゆうめいな昆虫学者のファーブルに関する博物館のように思えますが、違います。ファーブルという名前の別人が貢献して作られた美術館なので、ファーブル美術館と言うのです。昆虫の標本コーナーを期待して行っても、何もありません^^

 

ファーブル美術館は、その規模もさることながら、ある点で意外と世界に名の知られた美術館なのです。それは、現代画家のPierre Soulagesが、彼の作品の多くをこの美術館に寄贈したためです。

 

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Soulagesの作品たち。芸術とは…時に難解なものです。。。

 

僕にはなかなか理解ができないのですが、見る人が観ればとても価値のある作品たち。多くの人は、これらの作品のもつ力強さを感じ取っているようです。確かに、実物を見るとかっこいい感じはします。

僕はむしろ、Soulagesの作品の部屋だけ自然光のみを使った展示に指定あるところがすごいなぁと思うのです。パリのオランジュリー美術館が、太陽の自然光を天井から間接照明的に取り込むことで、展示されているモネの睡蓮の連作の世界にあたかも紛れ込んでしまったかのような演出をしているのと同じ手法。Soulagesの場合は、この自然光の繊細な移り変わりが、削りとられたようなエッジの効いた絵画の表面に複雑に反射することで、毎回違った様子を生み出しているのです。これは現代美術の特殊な展示アイデアと、モンペリエという安定した天気のよさに恵まれた土地柄の素晴らしいマッチングだと思うのです。

 

ファーブル美術館の「こんにちはクールベさん」

 

ファーブル美術館はフランス絵画をはじめとする多くのコレクションが収められています。中でも土地柄が濃く出ているのが、クールベなどの写実主義の画家たちが、モンペリエ近郊のパラヴァスといったような太陽を燦々と浴びた土地を描いた絵たちです。

クールベの画の中には、一風変わったタイトルのものがあります。

「こんにちはクールベさん」"Bonjour Monsieur Courbet"

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この絵には、モンペリエ郊外で画家のクールベ(手前、白い服の男)と、彼のパトロン(深緑の上着を着た男)とその従者(恭しく頭を下げる男)との出会いの一場面が描かれています。

青い空、くっきりと描かれた木や人の影、そして道端に生える植物など、南仏らしい要素があちらこちらに見受けられる絵です。しかし、どこか不思議な印象を覚えないでしょうか。。。

 

クールベにとって、深緑の上着を着た男はパトロン、つまり自分の生活を支えてくれる超ありがたい人なのです。普通であれば、このような人間関係の場合、クールベも従者と同じように恭しい態度で挨拶をするでしょう。しかし、この場面ではクールベは慇懃な態度をとるばかりか、反対にのげぞって横柄な態度であるようにも見受けられます。

実際、この絵が世に出た時、「恐ろしいほどの傲慢の現れ」として美術界にセンセーションを引き起こしました。一方で、この絵は画家自身が安住の地を求めさまようユダヤ人になぞらえて、自活を望むさまを描いている…という、まったく別の解釈も存在します。真相はどうなのかはわかりませんが、僕は率直に、この画家はいかにして人間の体の動きで「傲慢さ」を表現できるかという事をよく知っていた人なのだなぁ。と思うのです。

 

 

クールベの髭

 

さて、この絵でひとつ気を付けてみていただきたい箇所があります。それは、クールベの髭。どうなっていますか?アイスクリームのコーンかしら、っていうくらいに立派に、そして鋭く伸びていますね。

髭というものは、昔から男性の力強さ、つまり地位や権力を象徴するアイテムです。最近ヨーロッパでは若い人たちの間でダンディズムが流行っているので、髭を伸ばす人が多くいます。彼らの一番の目的はおしゃれなのですが、社会風俗を研究する人の中には、ダンディズムの再興は近代に失われた男性としてのイメージを埋めるために起きている、という人もいるくらいです。

日本にも、戦前には立派なひげを蓄えた人はたくさんいました。貴族の写真を見ると、多くの人がもじゃもじゃの髭を生やしています。今では髭は清潔感を表してしまうため、ビジネスの場ではきちんと剃ることが求められます。しかし、それ以上に現代では髭を生やすことによって不必要な権力の誇示を避けていると考えることもできるのではないでしょうか…?

 

francium87.hatenablog.jp

 

この絵では、クールベが必要以上に大げさな髭の長さ、角度を描くことによって、彼がより尊大であるかのような印象を私たちに与えているのです。また、太陽が彼にだけあたって、輝くシャツの白色と、真っ黒な髭というコントラストも目を惹きつける要因になっています。

 

 

フランス語の"homme"の長さと、こんにちはクールベさん

 

長さや大きさで力の強さを表すという手法は、実はフランス語の中にもあります。

それは"homme"という単語。日本でも香水や服などで男性物を表す際に使われることのある"homme"ですが、これは”人間、男”という意味があります。これに似た単語に"on"というものがあります。実はこの2つの単語は同じルーツを持っているのです。そして、2つの形に分かれた理由は、今回書いたクールベの画と同じものなのです。詳しくはこちらの記事を読んでください。

 

francium87.hatenablog.jp

 

 

おわりに

 

絵画で描かれた「傲慢さ」の表し方は、言い換えれば私たちの深層心理に訴えかけるアプローチの一つであるでしょう。言葉を介することなく、私たちは絵の中の人物の性格を理解することができるのですから。

そして、フランス語が同じような理由で「長いほうが力強い」という理由でhommeを作り上げたところを見ると、言葉の進化というのは、とても人間臭いものがあるなぁと思うのです。

 

そんなことを考えながらフランス語勉強するのも、悪くないものです^^