フランシウム87

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フランスでは予防接種が「義務」です┃公衆衛生の考え方の違い

フランスに中長期滞在する場合、どこかで予防接種(vaccination)の勧誘があるのではないでしょうか。学生ビザでフランスに行った場合、最初にうける移民局での健康診断で、B型肝炎や3種混合ワクチンの接種を勧められると思います。(留学を始めたばかりなので、そんなこと勧められても理解できないのですが…笑)

 

フランスは、かの有名な細菌学者のルイ・パスツールが生まれた国で、パスツール研究所という世界中に支部を持つ生物・医学の研究機関の本部があります。そんな背景もあってか、予防接種に対しては意識が高く、接種を「義務」としている国の一つでもあります。

予防接種なんて日本でもやってるじゃん、と思うかもしれませんが、これが義務となると様子が違ってくるのです。今回は義務化されている予防接種からフランスをとらえてみたいと思います。

 

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義務?義務じゃない?国によって異なる予防接種

実は、日本の予防接種は義務ではありません。あれ、自分が子供のころは何回も保健所や病院に行って予防接種を受けたけど…今でもハンコ注射のあと残ってるよ。あれは義務じゃなかったの?と思う人もいるかもしれません。

確かに子供がいる家庭には、各自治体の保健所から予防接種の案内が届いて、ワクチン(定期接種)の接種を促しますが、そこになんの法的な拘束力はありません。親、もしくは子供本人がNOといえば、予防接種を受けなくてもいいのです。本人の意思で予防接種を受けないとまではいかなくても、予防接種の期間中に何かほかの病気に罹っていて、接種してもらえなかったということもあるのではないでしょうか。この場合も接種が義務ではないので、予防接種を受けなかったからといって後で問題になることはありません。

ということは、裏を返せば予防接種が義務化されているフランスでは、予防接種を受けなかったら何らかの法的な問題が生まれるのでしょうか。答えはYESです。

 

11種類の義務化されたワクチン

 

2018年から従来の3種類から11種類へ数が増えたフランスの義務接種に指定されているワクチン。これをすべて生後18か月までに接種しなくてはいけません。

もちろん、一度に18種類ものワクチンを打つことはできません。ある程度の間を置きながら継続的にワクチンの接種をします。下に載せてある写真は、ワクチンの接種カレンダーです。ワクチンを受ける赤ちゃんも大変ですが、これをいつも心にとめている親御さんもなかなか大変そうです。

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(うっすらと水色に網掛されている部分が義務接種のワクチン11種類。生後2か月~18か月の間に接種します)

 

義務化されたワクチンを接種しなかったら…

 

先ほど、日本で予防接種を打たなかったとしても健康面以外で特に問題となることはないと書きましたが、フランスでは大問題です。

まず、フランスでは保育園や幼稚園への入園の際に予防接種を受けたかどうかチェックされます。そして、園長には予防接種を受けていない児童の入園を拒否することができるのです。また、小学校は義務教育なので入学の拒否はありませんが、親に対しての罰金が科されることがあります。また、フランスの1.96という高い出生率(2016年)を支えているのは、フランスの手厚い子育て支援金だと言われていますが、予防接種を受けていなければこの支援金もカット。なかなか厳しい制裁ですね。

この義務化については、従来の反ワクチンの人々に加えて、子供と親の人権の侵害(特に、まだ意思決定のできない幼児の人権)でもあるとして多くの人が反対しています。

 

反ワクチンについてはこちらの記事も読んでみてください。

 

 

 

公衆衛生の観点の違い

ここまで読んでみると、なんで日本のように予防接種に対して消極的な政府もあれば、フランスのように義務化までする強い立場の政府もあるのだろう、と疑問に思うかもしれません。

予防接種のとらえ方が国によって温度差があるというのは、その根底にある公衆衛生の考え方の違いに目を向けることで理解できると思います。

 

公衆衛生とは読んで字のごとく、多くの人(または生物)全体の健康を考える分野です。公衆衛生という学問の起源はヨーロッパで、日本にその考えが持ち込まれたのは近世になってからです。もちろん、それ以前から日本に公衆衛生の考え方がなかったわけではありませんが、体系だった考え方はかなり最近になってから海外から輸入されました。 そのためか、公衆衛生に関する考え方は、フランスと日本(ひいてはヨーロッパとアジアでも同じことがいえると思います)とで違います。

 

例えば、あなたは「予防接種がなぜ必要なのか?」と問われたらどのように答えますか。

 

おそらく多くの人が「病気に罹らないようにするため。」と答えると思います。もうちょっと公衆衛生的な考えが頭にあると「予防接種を受けることによって、病気の原因となる細菌やウイルスを根絶するため。」と答えるかもしれません。

確かに、予防接種の効果はすごいものです。人類史でもトップクラスで多くの人を殺してきた天然痘という病気は、世界中で実施された予防接種の甲斐あって、WHOが1980年に天然痘ウィルスは地球上から消え去ったと宣言しています。このように、予防接種は自分の体を守るため、もしくは自分が今後病気にならないように、その原因となる菌やウィルスを撲滅しよう、と考えるのではないでしょうか。

 

フランスでは少し違う答えが返ってきます。それは、「予防接種を受けることによってほかの人に病気を移さないようにするため。」というものです。

この答えの内容をもう少し詳しく説明しましょう。

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この図では、黄色(予防接種を受けている)青(健康だが予防接種を受けていない)赤(罹患していて予防接種を受けていない)の3色の人間で小さな社会の模式が作られています。この図が表している通り、ワクチンを受けることで自分が病気に感染することを防ぐのに加え、ほかの人に病気を伝播する機会を減らすことができます。

さらに、上の図で青い人の中には免疫不全の人もいるかもしれません。免疫不全とは人間の体の中に備わっているバリアー(免疫)に問題がある人で、免疫がない場合は容易に感染症にかかってしまいます。また、免疫不全の人にのなかにはワクチンを接種することができない人もいます。

では、免疫不全の人を感染症から守るためにはどうしたらいいのか。それは、社会全体がワクチンを打つことで、少数の免疫不全の人を守ればいいのです。ここに欧米での公衆衛生の考え方のポイントがあると思います。

 

つまり、アジアの国々では、予防医学として自分の身の保全を意識するのに対し、欧米では社会の健康・衛生を守るために様々な公衆衛生対策が取られます。

 

こうして考えると、なぜ日本では接種が義務ではないワクチンが、欧米諸国では義務化されているかが理解できると思います。

 

大人になってもワクチン接種は必要?

 

上のワクチンカレンダーの年齢(横軸)をみると、予防接種は大人になってからもするものがあることがわかります。

一番上にあるのがジフテリア(diphtérie)破傷風(tétanos)ポリオ(poliomyélite)の3種混合ワクチンで、学童期を終えた後にも25歳、45歳、65歳、以降10年ごとの接種が望まれています(これはフランスでも義務ではありません)。

ちなみに、日本で3種混合ワクチンというと、ジフテリア、破傷風、百日咳の3つの混合ワクチンになります。ちなみに日本の3種混合ワクチンに含まれて、フランスでは含まれていない百日咳(coqueluche)については、フランスでは別口でワクチンが用意されていて、成人してからは25歳の時に接種することが望まれています。

しかし、実は百日咳というのは先進国で感染者数が増えている病気であり(日本も例外ではありません)、乳児期に3~4回のワクチン接種をしていたにもかかわらず、学童期に発症するというケースが増えています。また、百日咳で症状が悪化するのはほとんどが乳幼児です。このことから、乳幼児に接する機会の多い大人や、学童期にある兄弟といった感染源が積極的に追加の予防接種を受けることで、乳幼児を百日咳から守ることができると考えられるわけですが、学童期以降のワクチン接種の義務化となると、日本はもちろん欧米でもなかなかできないことです。

 

留学生の気になるフランスでのB型肝炎の予防接種ですが、これについてはまた改めて書きたいと思います。

 

おわりに

 

日本とフランスの間で、文化・習慣・言葉など様々な違いがありますが、公衆衛生の考え方にも大きな違いがあると思います。

フランスに渡った日本人たちが感じるたくさんの不安や戸惑いが同じように、日本に渡ってきた海外の人にもあります。そして、その一つが日本の公衆衛生の概念でもあります。海外の人が安心して日本に来ることができるように、そして日本人が安心して海外に行けるような、グローバルな公衆衛生の概念が広がると良いですね^^